おっぱいノイローゼになって気づきました

母親と、夫と、子ども。そして自分とのこと。

お母さん大変です!おっぱいが出ていません!

子どもを無事出産・・したにも関わらず退院前日

夫の前で私は泣いていた。

「一番大事なことが解決できない・・・」

産前産後、トラブルが多くて大変だったけど

奇跡的に一つずつクリアしてきた。

でも大事なことが残ったままだった。

 

おっぱいが、全く出ないのだ。

 

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 おっぱいが出ない

おっぱいが出ないどころか、大きくなる、張る、熱を持つなど

変化もまったくなし。

平たい胸に、申し訳なさそうに乳首が一つずつ、ついている。

その乳首を加えようと口をパクパクしている息子を

不思議な気持ちで眺めているうちに

出産から5日が経ってしまった。

 

「おっぱいが出なかったの」と打ち明けると

多くのママ友が「私もだったよ〜!」と言ってくれるのだが

私は本当にみなさまとは「出なかった」の次元が違ったと思う。

 

医院長からの衝撃的な宣告

退院を控えた私は、出産した助産院の医院長から宣告を受けたのだ。

 

「私が助産師になってから、多くのお母さんのおっぱいを見てきたけど、

ここまで変化がなくて、出なかった人はいなかったの。

母乳で育てたいという気持ちは、妊娠中から聞いてきたから

とても残念だけど。

ミルクで育てるということも考える時だと思うの。」

 

衝撃的すぎて目の奥が痛くなって

鼻血が出るかと思った。

(後頭部を殴られた時の現象)

 

本当にバカなのだが、医院長に言われるまで、私はなんとかなると思っていた。

5日間も。

呑気なのか。

とりあえず、自信があったわけでは決してない。

ただ、私が出産した助産院は、ほぼほぼ皆さん完母で育てている

ということを聞いていた。

私も助産院で出産すれば、自然に母乳が溢れ出し

イメージ通りのママ生活をスタートできると思っていたのだ。

 

 機能していなかった私のおっぱい

それに、おっぱいはすぐに出るものではなくて

くわえさせているうちに自然と出るようになると

色んな人から言われていたし、どの本を読んでもそう書いてあった。

だからずっと、時間が来ればおっぱいをくわえさせていた。

でも言われてみれば、助産師さんがスタッフミーティングの後に

代わる代わる部屋に来て励ましてくれたりしてたな。

(いや、ミーティングの内容は知らないけど)

 

え?私のおっぱい機能していないの??

 

話が違うじゃないか・・・

絶望感とともに湧き上がってきた気持ちは

「これじゃあ、母親失格だと思われる」という気持ちだった。

誰に?

誰にそう思われるの?

「私の母親に」です。

驚くことに、私は自分の母親に認められたくて

母乳で育てようとしていたのだ。

母乳が赤ちゃんにとっていいという情報はたくさん頭に入ってる。

だから母乳で育てたい、という気持ちよりも

・・・自分の立場を心配していたんだ!!!

 

私は何をしていたんだ。

出ないおっぱいをくわえさせ、お腹をすかせていた我が子。

助産師さんに「そろそろ粉ミルクをあげましょう」と言われて、渋々あげていた自分。

粉ミルク飲ませてしまったら、お腹いっぱいになって吸わなくなるんじゃないか

と思っていたからだ。

「完母で育てたいんですけど」って、どのおっぱいが言ってるねん!!

産まれたてでホカホカしている子どもを飢えで殺す気か。

 

完母というプレッシャー

話は逸れるけど、「完母」ってワードは、時にすごい暴力になると思います。

完全母乳。

完全という言葉から連想される

混じり気のない完璧さ、プライド、誇り。

私は「完母」という言葉に追い詰められました。

誰のせいでもないけど、自分で自分を追い込んだ。

完璧でありたかった。

たぶん、自然分娩とか、帝王切開とか

無痛分娩とか不妊治療とかも

無意識のプレッシャーが・・・ありますよね。

気軽にみんな言うけど。

望んだ結果じゃなかった人にとっては

傷つくことって、たぶんたくさんあります。

 

 

誰も傷つかない状況って無理難題だけど

でも、言わないようにしたり誤魔化したりするというよりは

言葉に責任を持って、自覚的に発信できたらいいなと思います。

 

 決断の夜

退院前日の夜、部屋に来てくれた医院長とたくさん話をしました。

医院長がかけてくれた言葉は

・たぶん機能的な問題ではないと思う。

・あなたは出産でも奇跡を起こしたのだから、今回も起きるかもしれない。

と、いうようなことだった。

 

私はというと、他愛もないことをずっと喋った。

結婚式が本当に楽しかったこととか

自分は本当はこういうことが好きなんだとか

実は里帰りしたくないんだとか

おっぱいなんていらないって思った思春期の話とか。

このままだと、赤ちゃんを母親にとられちゃうって

子どもみたいに泣いたりもした。

 

泣いたり、笑ったり、なんだか忙しい夜だったけど

自分の中で決断をした夜だった。

決断とは、何を選び、何を断つかはっきりさせることなんだと思う。

 

そして医院長が部屋を出て行った後

私は隣で寝ている赤ちゃんの横で声を出して泣いた。

 わーんって泣いた。

自分のおっぱいとたくさん会話した。(本気で言ってます)

 

会話してみたら、自分のおっぱいに謝りたくなるようなこと

アタシいっぱいしてたんですよね。

ここで名言を一つ。

 

おっぱいをいじめるというのは、自分をいじめるのと同等です。

自分を無意識にいじめ、ずっと何かと戦ってきた。

そんな自分に気づいた時に、奇跡は起こりました。

 

おっぱいノイローゼの日々を迎えて

そしてめでたし、めでたし・・・とはいかない

 迎えた育児ノイローゼ&おっぱいノイローゼの日々。

 

このブログではその迷子の日々を書いていきます。

実は今第二子妊娠中でして。

この日々を振り返り、記録に残すというのは

自分にとって、癒しの時間になる気がしています。

どうぞ、楽しくお付き合いいただけると嬉しいです。